お知らせ

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一昨日、7月19日午前4時45分
母が虹の橋🌈を渡りに旅立ちました。

長い、長い闘病生活にやっと解放され、今頃はホッとしている事と思います。

昨年10月に膵癌が発見され、治るものならと手術の決断をし、11月15日に8時間以上の大手術に耐え、無事に手術を終えました。
しかし、12月に縫合不全(合併症)が発覚し、お腹から管を通して消化液を外にだして、2ヶ月間ほぼ絶食に近い生活をし、辛くて辛くて大変だった病院生活でした。

そりゃ、弱気にもなるし、死にたいと何度言われたかわかりません。
このまま、退院できないかもしれないし、ストーマー器具を一生つけなきゃいけないし、インシュリンもずっとやらなきゃいけないし、人生真っ暗になってもおかしくないですよね。

私達も励ましたりしたけど、うまく言えなかったりしてもどかしさがありました。

またまた、胃に器具をつけなんとか塞がってくれたと思いきや、翌日にはまた、消化液がもれて、束の間の喜びで、最悪な場面がたくさん。

でも、なんとか退院する事が出来たのが2月末。
退院当日に肝臓転移を告げらて、頭の中は真っ白になりました。
苦労して退院したのに転移してるなんて言えるわけがありません。

なんとか、なんとか、癌が消えてくれる事を願い、サプリメントも買って試しました。
きっと効いていたと思うけど自ら飲むのをやめてしまい、みるみるうちに浮腫みがひどくなり、歩くのも辛そうでした。

母の状況を見ていながらも母は大丈夫だと過信していました。

本人は毎日が辛い生活だったのだと、母の友達や母のいとこから話を聞き、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
気づいてあげられる事ができなかったのが辛いです。
母が辛かったのなら、これから先治る見込みもないまま、時を過ごすよりこれで母が楽になり、安堵しているのならば良かったのではないかと思います。

母と一緒に生活ができた事、最後まで一緒に入られた事、母の娘で入られた事に対して悔いがないし、ワタシは幸せで母を誇りに思います。

今でも、ゆきちゃん、ゆきえ、ねぇちゃんと部屋から聞こえてくるようでなりません。
姿がなく、これから先、母がいない生活が始まるなんて考えられないですが、いつまでもくよくよしてられないのでしっかり母の教えを受け継いで前に進みたいと思います。

たくさんの励ましの言葉、ありがとうございます。

ビックマハロ